男優の時代

たぶん。
もう、ここ十数年になるだろうか、現代日本映画の中堅〜若手の男優には、複雑なニュアンスを表現できて、出てくるだけでビビッドに響いてくる俳優が多い。それらはアンチヒーロー型のそれであって、韓流スターのような古典美を体現しているわけではないが、そんな絵に描いたようなスターが今の日本に現れるはずはない。それと引き換えに現代日本の若手男優は別のフェーズを手中にしている。

一方、若手女優にはそういうものを感じない。単に自分が若い女性に共感できるものを持たないということなのかもしれないが、たぶん違う。この薄さは異様な事態だと考えてもいいだろう。実際の女性が抱えていることが薄いわけではない。その表現方法に適切な形が見出されていないと見るべきで、何かを見ないようにしている類の薄さだろうと思える。

女性の時代などという言葉が聞かれなくなって久しいものの、その種の言説の余韻は無いわけではない。しかし未だ女性の社会的権限は高くは無い。女性の解放は消費者として、そして商品としてのみ許容されている。女が女を買う。男の商人の下で。kawaiiに集約された現状肯定の閉塞。