「明治・大正・昭和」中村光夫

「明治・大正・昭和」中村光夫

事実というのは、科学的にいえば、現象にすぎません。科学は、ほんとうは現象の背後に法則を求めるものです。現象(事実)がそのまま真実であれば科学は不要であるといえます。我々の目にうつる通り、太陽が地球のまわりをまわっているなら、天文学は無用なわけです。しかし、当時の作家はそこまで考えてなくて、ただ事実をそのまま写せば、小説は文学的な真を表現するというふうに考えた。
こういう考えを、自然主義の作家の思想に従って云いますと、小説というものは、いわゆるおもしろい話であってはいけない、人生の真実の、厳粛な記録である、そういうふうにに考える。そうすると小説のフィクションは否定されてしまう。こういう前代未聞なことをやったのが、日本の自然主義の小説でありまして、それのきっかけをつくったのが、田山花袋の『蒲団』であることは、どんな文学史の本でも書いてあるので、ご存知のことと思います。