サッポロ一番しょうゆ味

郊外に写真を撮りに行って高級住宅街を歩いていたらサッポロ一番しょうゆ味の匂いがしてきた。どこかで作っているんだなと思って歩いていたら、またどこからか同じ匂いがしてきた。こういう高級住宅に住む人もインスタントラーメンをよく食べるんだなぁと思いながらさらに歩いているとまた同じ匂いが漂ってくる。ちょっと怪訝に思いながらもその日はそのまま(そのまま以外の選択肢はない)写真を撮り続けた。
別の日に郊外に撮りに行ったら別の場所でまたサッポロ一番しょうゆ味の匂いがする。そんなことが何度か続くうちにこれは別の何かの匂いではないかと思い出した。いくらなんでもサッポロ一番しょうゆ味ばかり食べすぎだろう。サッポロ一番みそラーメンでもなくチャルメラでもなくマルちゃん生麺でもマルタイ棒ラーメンでもない。何故サッポロ一番しょうゆ味なのだ。確率論からいってもそんなピンポイントな選択が郊外地区においてなされうるという事態は想定しづらい。これはきっと何か別に匂いの発生源が存在するはずである。しかしそんな香りを発する食品が他にあるだろうか。あの化学的なノスタルジーを刺激しうる食品が。
状況証拠を拾い集めるうちに私の推論はその香りの源をnatureなのではないかというところまで押詰めた。鉱物でも動物でもましてや粘菌でもなく、地球の大気組成を大きく変貌せしめた生物分類上の一大勢力。そう、あの植物群に潜むある何かなのではないか。ここまで推論の範囲が確定すれば私の納得は十分満たされるわけだが、しかしもう一方の謎が残る。私の嗅覚はいかに植物が放つ匂い物質をサッポロ一番しょうゆ味に変換したのだろうか。まずはじめに思いつく「育ち」などという茫漠とした、しかし核心じみた印象を与えかねない推論に私は与するつもりなないのである。