「マクベス」ロマン・ポランスキー DVD

ポランスキーの「マクベス」がDVDになっていたので購入。
この作品は30年ほど前に大阪でやっていた「CINEMAだいすき」というTVで放送されたのを観た。人気があったらしく再放送された時にVHSで録画して、それ以来何回となく見返してきた。それをようやく、本来のワイドスクリーンでまともな画質の映像で観ることができた。


今回観て気がついたのが音。歩くたびに身に纏った甲冑が出す金属音。石の床を歩く足音。動くたびに出る衣擦れの音。床に引きずるスカートの音、風に揺れる松明の炎の音。分厚い木の扉を閉める音。床に藁を敷き詰める音。中世の城での生活が眼前に広がっているかのような臨場感はこの音に依る所が大きいのだろうと思った。
それと気になったのが翻訳。
CINEMAだいすき」版での翻訳は次のもの。


きれいは汚い、汚いはきれい 
行こう 霧と汚れた空の中、次はいつ会おう、雷 稲妻 雨の中で、騒ぎが静まり 戦いが終わった時、この日没前、場所は? 荒野で、待とうぞ マクベス

心の病は治せぬか、悲しみを抜き取り、苦しみを消せぬか、忘却をもたらす妙薬はないか、心の上の重石は取れぬか、医術など犬にやれ

一生は動く影、三文役者だ、出番が済めば消えるだけだ、ばかのばか話も同じ、騒がしいだけで取りとめのない

森が動かぬ限り恐れるな、今その森が城に迫ってる、こんな世など覆るがいい、警鐘を打て、せめて鎧姿で死んでやる

女の生まぬ奴だけだ、恐ろしい奴は

こっちだ地獄の犬、剣に聞け、血に飢えた極悪非道め

俺の心は、血を吸いすぎた、弱い相手を斬れ
俺は不死身だ、女が生んだ奴には負けぬ

悪魔に聞け、俺は母の腹から切り出された

憎きその舌の根、勇気もくじけた、魔女め二枚舌で騙したな、約束は守り希望を砕く
屈せぬぞ、元王子の足元に伏し嘲笑など浴びぬ
バーナムの森が動き、貴様が相手だろうと俺は戦う、来いマクダフ、負けた奴が地獄行きだ


DVD版での同じ箇所。


きれいは汚れ(けがれ)、きれいは汚れ(けがれ)、
霧と濁った風に舞い、いつまた会おう この次は、 雷鳴 稲妻 大雨か、ばかな騒ぎが片付いて 戦の勝負がついた時、その日のうちに、場所は? あの丘、皆で待とう マクベス

心の病は治せんのか、悲しみの根を絶やし、脳の苦しみを取れぬか、すべてを快く忘れてしまう薬で、思い危険な悩みを消し去ることはできぬか、では医術など犬に食われろ

人はひと時の影、三文役者、舞台のカラ騒ぎが終われば消えるだけ、まるで白痴の語り事だ、怒鳴りわめくだけで何の意味もない、

バーナムの森が来るまでは恐れるな、その森が今こちらに向かって来る、日の光が重荷だ、もう この世もバラバラになるがいい、鐘を鳴らせ、せめて物の具をつけて死ぬぞ

女から生まれなかった者はいるか、それ以外は恐れぬぞ

こっちだ暴王め、剣が物を言うぞ、このとびきりの極悪人め

もう貴様の一族の血は流しすぎた、嫌だ、剣は勝てる相手に使え
魔法の守りだ、女から生まれた者には負けん

お前の主人の悪魔に聞け、おれは母の腹を裂いて取り出された

憎い舌め、おれの勇気をくじけさせた、悪魔どもめ、よくもだましたな、言葉だけの約束で最後に裏切る
負けはせんぞ、マルカムごときに降参など、それこそ物笑いだ
バーナムの森が動き、貴様が女から生まれなくても、最後の力を、来いマクダフ、先に降参した奴は地獄へ行くぞ


セリフに近いのがどちらかはともかく、長年「CINEMAだいすき」版を見続けてきたので、そっちがシンプルで小気味いい。DVD版は散漫に感じてしまう。


ちなみに福田恆存訳「マクベス」。


いつにしよう、また三人一緒になるのは、雷、稲妻、土砂降りに誘われて?
騒ぎが終わって、戦いが負けて勝って、そのあとで。それなら、日暮れ前に片附こう。所はどこだ?荒地がいい。
そうだ、そうしてマクベスに会う。すぐ行く、老ぼれ猫め!ひき蛙が呼んでいる。あいよ!
きれいは穢い、穢いはきれい。さあ飛んで行こう、霧のなか、汚れた空をかいくぐり。

それを治してくれぬか、心の病は、医者にはどうにもならぬのか?記憶の底から根ぶかい悲しみを抜きとり、脳に刻まれた苦痛の文字を消してやる、それができぬのか?
心を押しつぶす重い危険な石をとりのぞき、胸も晴れ晴れと、人を忘却の床に寝かしつける、そういう薬はないというのか?そんな医学は犬にくれてしまえ。

人の生涯は動き回る影にすぎぬ。あわれな役者だ、ほんの自分の出場のときだけ、舞台の上で、みえを切ったり、喚いたり、そしてとどのつまりは消えてなくなる。
白痴のおしゃべり同然、がやがやわやわや、すさまじいばかり、何の取りとめもありはせぬ。

「恐れぬなマクベス、バーナムの森がダンシネインにやって来るまでは」などと、その森が、今、ダンシネインに向かって動いている。よし、最後の一戦だ、さあ、打って出ろ!こいつの言うとおりのことが起こったのなら、逃げようと踏みとどまろうと、もうだめだ。日の光を見るのが、いやになった、この世の秩序がめちゃめちゃになってしまえばよい。おい、警鐘をならせ!風よ、吹け!破滅よ、落ちかかれ!せめて、鎧を着て死んでやるぞ。

女から生まれなかった奴というのは、どこのどいつだ?そいつだけだ、おれの恐れるのは、ほかにこわい者はないぞ。

待て!地獄の犬め、待てというのに。おれは何も言わぬ、この剣に聴け。ええい、血に狂った極悪非道の鬼畜生!

いくら足掻こうと、むだだ。貴様の剣がどれほど鋭かろうと、この手ごたえなしの空気は斬れぬ、おれの体に傷はつけられぬぞ。その手に負える相手をねらえ、おれの命はまじないつきだ、女から生まれた人間には手がつけられないのだぞ。

ふむ、そんなまじないの効きめ、いつまで続くものか、もうだめだぞ。貴様が大事に奉っている悪魔の手先に、もう一度うかがいをたててみろ、このマクダフは生まれるさきに、月たらずで、母の胎内からひきずりだされた男だぞ。

畜生、憎いその舌の根、その一言で勇気もくじけた!あのいかさまの鬼婆め、もう信用しないぞ、このおれをことごとに二重の罠に仕掛け、約束は言葉どおりに守りながら、まんまと裏をかく。よせ、貴様を相手にしたくはない。

誰が膝まづいてマルコムの足をなめ、衆愚のやじを浴びるものか。たとえバーナムの森がダンシネインの城に迫ろうと、女から生まれぬ貴様を相手にしようと、さあ、これが最後の運試しだ。このとおり頼みの楯も投げすてる、打ってこい、マクダフ、途中で「待て」と弱音を吐いたら地獄落ちだぞ。