嘔吐 ∧Auto ∧応答

胃の調子が悪く、数日の間、酷い嘔吐を繰り返していた。昼ごろから、胃に不快感があらわれ、夕方から嘔吐が始まり、明け方まで何度も何度も繰り返し嘔吐するという日々が続いていた。初めのうちはそのあまりに激しい胃の収縮運動にただただ、苦痛を覚えるだけであったが、そんな反応が三日も続くと嘔吐もautomaticなルーチーンワークじみはじめ、当初の悲壮感は薄れ、このバカ胃袋は一体何を押し戻そうと無為なエネルギーを浪費しているのかと、エコロジカルな認識でもって事態を俯瞰し始めるようになっていった。

こういう倒錯した現状追認が正常な判断能力を侵食しはじめたのか、そんな状態の胃であるにも関わらず、食欲は何故か、スーパーで売っている鶏の腿肉の照り焼きやら、テレビで見かけた韓国料理店の焼肉やらに興味を示す。当然ながら豊かな人生経験を持つ、不惑の私の悟性は、そんな暴走した感性に同調するはずもなく、しなやかな身のこなしでレトルトの御粥をレジスターの前に差し出す。

適温に調整された粥が胃袋に軟着陸を試みた直後、400ccのネイキッドバイクに乗る17歳の夏のように荒れ狂う胃は、それが自身の回復の一助であることも省みず、問答無用で抵抗を始める。米の半液状態が受け入れがたいなら、さらに人為が加わらないネイチャーなリンゴやバナナではどうだと、侵入作戦を試みるが敗退。こうなれば、もはや君の主観的な納得に協力してやろう、それで撃破するのも人生だろう。私は厨房の奥深く秘匿されてある、鈍く不遜な光沢を放つ刃物を取り出した。一連の機能を保っている形あるものを切断する為だけに製造された、その金属製品は、躊躇という心理機構の痕跡を運動に表現することなく、ビニールの包装を破断した。私と私の決意を現実のものとした刃物は、剥き身となった魚肉ソーセージを彼に突きつけた。

もはや懸命なる読者諸君の予想を裏切ることは出来ない。彼はその、不健康な人工肉槐を1本、2本、3本と受け入れていった。彼が静かに呟いていたように思えた。 見くびるな...と。

それを境に、胃による抵抗の季節は速やかに収斂に向かっていった。