映画「夜叉」

1985年作、降旗康男監督の、人情ドラマ風のやくざ映画ということになるのだろうか。日本的というか演歌チックというか叙情性に満ちながらも抑制の効いた、厚みのある映像や演技。しっかりとした技術に裏打ちされたプロの製作品という感じ。映像作家としての才気とか、映画史への自意識とか、そんなものとは無縁の職人技。大人のファンタジー。エンターテイメントであり、厚みといっても、現実を捉えようという意志のそれではない。心地良さを踏み外すこともない。島田雅彦が昔、ある対談で中上健二の小説の中に自分は居場所がないと言っていたが、この映画の中に自分のような人間は居場所はないし、居たいとも思わない。しかし、田中裕子といい、「夜叉」といい、何か、ある渇きに、すぅっと入ってくる感じがある。世代的なノスタルジーで、この渇きの大方は対処できるとしても、この大人びた叙情性とでもいいうる、ある領域が今の日本社会から喪失しているのも確かで、ノスタルジックなものとは別の何らかの形を与えられることも必要なのだろうとは思う。しかしこのことは、そう難しいことでもないのかもしれない。高齢化社会で稼ぐ、シルバー産業が拡大していくわけだから。